密室の青年




 そこに風は入ってきません。
わずかな光だけがカーテンの隙間から入ってきます。
一人の少年、いえ青年がその一筋の光に照らされるも、その光溢れる窓の方へ目を向けることはありませんでした。
よどんだ空気の中、少年はふと心のどこかに絶望を抱えた余りに、その部屋に閉じこもり、いつしか青年と言える年になっていたのです。

 何があったのでしょう。
いいえ、わかりません。青年となった少年がいくら思い返しても、答えは、見つかりません。
でも、ずっと。
だから、ずっと。
青年は行く年にも渡り、部屋の中一人で閉じこもっていたのです。
 部屋はかたずけたことがなく雑然と散らかり、長い間誰一人部屋に入らせず、人の姿を見もせず、孤独に青年は生きていました。
時にその様な生活のため気がおかしくなり、物に当たり、汚れた空気の中、無意味な混乱を続けたのです。
 救いはありませんでした。

 今日もまた、八つ当たりをし始めます。
しかし、いつもと違いました。
壁に向かって投げつけた壊れた時計が、壁に当たる前に何かに当たり、床に落ちました。
また、別な物を投げつけてみます。
同じく、何かに当たって床に落ちました。そこには何もないはずなのに。
 久しぶりに出た、いぶかしげな表情で、その物が何かに当たった場所に近づいていきます。
 男が立っていたのです。
 透明な男が。

 透明な男は、目を凝らすとその輪郭が見え、何をするわけでもなく、口をもぐもぐさせ聞こえない声で何かをしゃべっていました。
青年はそれに恐怖し、
「うあああ!」
と叫び、固く重い椅子で透明な男を殴りつけました。
まるで幼い若木が折れるかのような感触の後、透明な男はうつぶせにガラクタの上に倒れました。

 よく目をこらせば、液体のような物が倒れている男の頭から流れ出し、夕日に照らされていました。
その血も透明でしたから、床や物を汚すことはないにしても、同心円上に生暖かい液体が同心円上に部屋に広がっていきました。
青年の興奮のあまりに壁にもたれ掛かったとき、男は立ち上がり、姿を変えたのです。
 憤怒の姿にでしょうか、泣きわめいている姿にでしょうか。いいえ、どれも違います。
でも、その二つの姿なのかも知れません。
青年の姿利になったのです。
 青年がふたり、その部屋にいました。
青年と、もう一人、青年に傷付けられた青年がいました。
おびただしく血を流し続けnその状態のまま立ちつくす青年が。
もう一人の、元来の青年を見すえています。怯えている青年を見すえています。
そして語り出します。
「これがあなた自身の姿だよ。
 自分で自分を傷付けた、姿だよ」
そう言いました。
 しばらくそのままでした。
いつしか男の血は、床一面に広がっていました。
あまりに血が出たためか、ふたたびガラクタの上にうつぶせに倒れ込みました。
そして、消えたのです。
 目を凝らしても、今度は何も見えません。
大量の血も忽然と消えました。


 青年が少し落ち着きを取り戻した頃、カーテンの隙間からは、光が射し込まなくなり、部屋も暗くなっていました。
夜が来ています。
 何と無しに、カーテンの向こうをのぞき込みました。
暗闇に、切れかかった電灯が瞬いているのが見えました。
 それが、青年が久しぶりに見た外界でした。

 あの男は何だったのでしょう。
単なる青年の追いつめられた神経が見せた、幻覚だったのでしょうか。
でも、青年はその日から理由もなく、窓を開けるようになりました。


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